2008年06月28日
えっ!?月刊HOOPでキングスNEWS?
毎月の事ではありますが、月刊HOOPが発売になりました。ポール・ピアースが表紙を飾ったけど、ピアースが表紙になったんは初めてかな(?)。長い間セルティックスで頑張ったピアースにとって最高の瞬間だったんだろう。で、月刊HOOPのジュン安永のコラムに、キングスNEWSが初登場!これは、ジュン安永が書いたのではなく、HOOP編集部が加えてくださった。HOOP編集部のキングスへのご配慮感謝しています!でもさっ、ジュン安永のコラムのスペースにキングスNEWSではなく、他のページをキングスNEWSが単独でページを飾れるような世の中になるようにキングス頑張ります!
最近の悩みをジュン安永ブログを見てくださっているみんなに打ち明けますっ。
おっと、その前に、この前、読者登録をお願いしたら、読者登録が一気に23人に増えてよろこんでおりますが、まだ足りません。友利選手にまだまだ読者登録数で負けていること、まじ悔しいんで、協力をおねがいします!読者登録は、このページの左のほうにあります。で、悩みというのが、じぶんの名前のこと。7月1日から新たにキングスの通訳兼マネージャーという大役を務めるナカムラ、実は3年ほど前にジュン安永がネッツに居たときにわざわざNJまで挨拶に来てくれた好青年でした。当時はサンアントニオに住んでいて、「サンアントニオ・スパーズでインターンをしています」と説明してくれて、その後スパーズでパートタイム・スタッフになりNBA優勝を経験。そして日本にもどり昨期JBL2のチームの栃木BREXでスタッフとなりまたまた優勝。2年で優勝2回。では、ジュン安永はというと、通算13年(キングス1年+ネッツ12年)で準優勝が2回。キングスのフロントオフィスでは、「ジュンさん、ジュンだからジュン優勝ばかりなんですよー」といわれる始末。安永淳一からジュンをとって安永一に名前を変えたいぐらい、準優勝から準を取り除きたい。来春、キングスがプレイオフにでたら、ジュンと呼ばれても返事しません。ヤスナガ~、って呼び捨てでいいんで、プレイオフ期間中はジュンを封印します。
7月4日はアメリカ独立記念日。昨年に続き、アメリカ領事から独立記念日祝賀パーティーに木村GMが招待を受けたのですが、GMは選手スカウティングのため来週渡米になるので、ジュン安永が代わりに在沖米国領事館ではしゃいできます!
We Love Kings!
2008年06月25日
チームの団結

桶谷ヘッドコーチに続き、チームの通訳+マネージャーも合流。このマネージャーの話は後日するとして、本日はキングスにとって記念すべき日たった。いろんな記念がこれからもドンドンでてきて、キングスのアルバムは次々と新しいページを追加していきたい。この写真には、木村ジェネラルマネージャー、桶谷大ヘッドコーチ、伊佐アシスタントコーチ、大城ヒデ コンディショニング&ストレングスコーチ(名前長くない?)、ナカムラアツシ通訳兼マネージャー、営業部のエース片野竜三が映っている。球団フロントの数名は映っていないけど、キングスにはみんな熱い想いを抱いたスタッフがズラリと揃った。来期、しっかりと成績を残し、このスタッフだけに限らず、選手、コーチ、関係者、ファン、うちなんちゅ、ナイチャー、島ナイチャー、アメリカーを問わずキングスを愛するみんなと記念写真を撮りたいし、必ず撮る。チーム内の意思統一が進み、いよいよこれからと思うと武者震いと鳥肌が一緒に襲ってくる。
8月中旬のチーム練習開始に向けて、キングスの選手達は自主的に基礎トレーニングをコーチ陣と行っている。2年目は明らかに初年度と違うと感じることがいろんなところに見られ、信念を持って前を向いて進みたい。
Go Kings!
本日は、仲井真中学で講演をさせていただきます。仲井真中のみなさんの前でお話できることとても楽しみです。
2008年06月22日
ダンサー 真剣勝負!
今日は、キングス・ダンサーズのオーディションがあった。自称ダンサーのジュン安永は審査員としてオーディションに参加。お隣は、ダンスチーム・ディレクターの下川さやか先生。
今日は真剣にダンサーの踊りを見て、力が入りすぎていま肩こり地獄。自称ダンサーっていうには深いわけがあるんだけど、マハラジャと共に成長したジュン安永、ダンスはもともと大好き。13年前にネッツの社員となり、アメリカで日本人市場相手に営業を成功する為に日本人選手をどうしてもネッツにいれたかった。しかし、当時日本人選手はアメリカで目立ってなく、日本人選手を入団させることはあきらめるしかなかった。しかし、ダンサーならばなんとかなるんではと考えて、スーツ着て名刺もって、ブロードウェーにあるダンス学校に何度も足を運んだ。教室の中をのぞきこみ、日本人のダンサーをみかけては名刺を渡し、ネッツダンスチームのオーディションへの勧誘をつづけた。その結果、1名の日本人ダンサーがネッツに誕生した。Kaoriちゃんというダンサーで、言葉と風習の壁を自力で乗り越えて1シーズン、本当によく頑張ってくれた。次の年は、日本人がオーディションをパスすることはなかったけど、その次の年はさらに2名の日本人ダンサー、Chioちゃん、Amiちゃんが活躍した。華やかなダンサーたちだが、競争の国アメリカだとダンサー間の競争も激しく、ちょっとしたドラマになるぐらい凄い。そんな中で3人の日本人ダンサーたちはとってもよくがんばっていた。
キングス・ダンサーズたちは、競争ではなくお互いが助け合っている印象が強い。なにもかもが初めてだった1年目を乗り越えた2年目のキングス・ダンサーズを見るのがとっても楽しみ。オーディションの後、1人ずつダンサーと面接したけど、みんなキングスに熱い想いを抱いている。日頃は大学生や社会人の彼女達は、学校の都合を調整したり職場で休暇を取ってキングスのために頑張り続けている。早くキングス・ダンサーズをコートで見たいっす。
明日は、慰霊の日。
沖縄について勉強します。
Go Kings!
2008年06月22日
こども 最高!
全国私立保育園研究大会「山形大会」に講師として招かれてきました。この研究会は毎年行われているらしく、2,000名から3,000名規模で保育園の先生方が3泊4日の勉強会に集まります。木曜日は、朝9時半から夕方4時まで全国各地からお越しの園長さんたちにNBAチーム経営の話や、キングスの取り組みなどを中心にスポーツビジネスという特異な異業種の組織の話と保育・地域のかかわりについて話をさせていただきました。講演の中では先日浦添市のあおい保育園でおこなわれたキングスの金城選手・友利選手の1日保育士の模様の映像を研究材料として流しました。参加者の方々はジュン安永より先輩の素晴らしい園長さんというオーラをもった人が多く、果たしてこの人たちにNBAの話やbjリーグの話が通じるかという不安が目いっぱいありましたが、参加者の皆さんは真剣に話をきいてくださり、質疑応答では時間がたりなくなり、逆に、ジュン安永が学ぶことが多かったです。人の話を聞く姿勢、最近は特に注意しているのですが、この参加者の先輩たちは、バスケットボールとは全く無縁に近い状況で生活されてきたとおもうのですが、柔軟な姿勢で、ジュン安永の話をじっくりと噛み砕いて聞いてくださり、その姿勢をみてハッとおもわされました。ジュン安永ももっともっと奥が深くならないといけない。
この研究会には全国から2000名を超える園長さんや保育に携わる方々が集まられていて、山形市内は保育関係者で大賑わいでした。山形の特産である、さくらんぼ、里芋、牛、枝豆みたいな豆、お米、ワイン、日本酒などなど、たくさんごちになりました。なかでもさくらんぼは、まじでうまかった。山形サイコー!
おっと、またまた講演の依頼がきました!ありがとうございますっ!!
次は来週、仲井真中学でお話をしてきます。仲井真といえば、近所に那覇市民体育館もあるだけにキングスに対する関心はとても高いんだけど、ジュン安永の話を聞いて、一人の生徒でも良いから社会に対して新たな幅広い関心を持ってもらえればサイコーです。
We Love Kings!
山形出張してたんで、金曜日の新聞を昨日でみたんですが、
自分でいうのもなんだけど記者会見おめでとう!
桶谷HC就任、オメデトウゴザイマス!頑張りましょう!
大城トレーニングコーチ昇格、オメデトウゴザイマス!襟立てないで、寝かしたら?
伊佐AC、かりゆしウエアの色みたよ。ピンクいいねー!
木村GM、かりゆしが似合ってきましたね!髪のびすぎてません?
今日は、キングスダンサーズのオーディションに審査員として仕事してきます。
2008年06月16日
桶谷HC、沖縄上陸!
キングスの新ヘッドコーチが到着しました!この画像をみてると那覇国際空港に到着ってかんじなんだけど、じつは、那覇港に上陸されました。桶谷コーチ、ジュン安永と横に並ぶとまちがいなく桶谷コーチのほうが大人(おっさん)にみえるけど、中身も大人。クラスJだのプレミアムクラスだのといってチャラチャラしている度がなかなか下がらないジュン安永とはちがい、飛行機にのったら気圧が変わるので、生後6ヶ月の赤ちゃんによくないかも、とか、愛犬3匹にもできるだけ自然な旅をさせたいという願いから、わざわざ鹿児島から24時間かけてフェリーで那覇港に到着。しかも桶谷コーチのWifeは出発前に38度もの熱がありながら、沖縄引越しを延期しなかった。桶谷夫妻のガッツと責任感に、敬礼。
桶谷コーチの根性とキングスに賭ける心意気は半端ではないとあらためて感じました。桶谷コーチならやってくれるでしょう、58パレード!選手もスタッフも桶谷コーチを全面的バックアップしますから、ブースターの皆さんもぜひ桶谷コーチに熱く応援してください!
昨日は、Japanese Cafe Pukarasa プカラーサ http://www.okinawaweb.com/okinawa2/pukarasa.html (那覇市泉崎2-105-15 電話:098-835-0122 )で木村GMのお誕生日と桶谷HCの上陸とジュン安永の沖縄1周年のお祝いをしました。そう、365日前の6月15日、生まれて初めて沖縄に来て、初めて行ったお店が泉崎のプカラーサ。このお店はキングスを暖かく見守ってくださる人のお店でトイレにはちゃんとキングスのチラシが貼ってある!去年、ジュン安永が沖縄に行くと勝手に決めて、木村GMに「沖縄に一度もきたことないのに、本当にそんな簡単に決めていいんですかっ。とにかく下見にきてください。」といわれて軽い気持ちで沖縄視察に来たのが6月15日でした。そこで、異常とも思えるほど熱くバスケットボールを語れる人たちに囲まれ、沖縄移住しても後悔しないと感じたんです。
まじで、沖縄に来てよかったと思う。これからももっともっとキングスのために頑張りますから、これからもよろしくお願いします。
Go Kings!
2008年06月11日
TI-DAブログ様へお願い!!!

TI-DAブログ様、お願いがあります。 テクノロジーにイマイチついていっていないジュン安永からのお願いですが、どうやら、このTI-DAのサイトの読者登録はPCからのみできて、携帯からはできないらしいです。おそらく技術の問題ではなく、携帯という特殊なデバイスを使うことからパケット通信料とか迷惑メールとかなにか理由があってわざとできなくなっているのか察していますが、そこをなんとかしてください。もちろん、携帯が電話として以外ほとんど使えない携帯時代遅れのジュン安永だからできないのであれば、本当に情けないので、もっと携帯の使い方を勉強します。
携帯からの読者登録を増やして、まずはジュン安永のライバル、友利ケンヤのブログの読者登録数を超える。友利選手へ 「カーボーイはCAR BOYだから、カウボーイCOWBOYのはずだけど、うけ狙った?」
We Love Kings!
2008年06月09日
沖縄県立小禄高等学校での講演を終えて
先週、沖縄県立小禄高校にお邪魔してきました。今回は、3年生を対象に進路指導の一環として講演させていただきましたが、、、生徒のみなさんの聞く姿勢がとても良く、講演というよりは、ジュン安永が小禄高校のみなさんに自分の話を聞いてもらった、ような感じになりました。人に話ができるということよりも、人の話を聞くことができる事ってとても大切だとかんじました。講演のあとも沖縄No.1を賭けた決勝戦にまで駒を進めた男子バスケットボール部の監督の話を聞いて逆に勉強になり、短い時間でしたが小禄高校で本当に良い勉強をさせてもらいました。
講演ですが、来週も再来週も幸せなことに人前でお話させていただく機会を与えてもらっていますので、またその模様を報告させてもらいますっ。
いまはチームとしての選手の活動はオフですが、各選手とも自主トレに励んでいます。ホームゲームの日程も決まり、沖縄での26試合が楽しみです。
2008-2009年シーズンホーム日程:
http://www.okinawa-basketball.jp/2008/05/20082009_1.html
おっと! わすれるとこだった。読者登録の人数が12に増えている!最近ご登録をいただいた2名の方、ありがとうございます!でもさっ、12といわずもっともっと沢山の人に読者登録をして欲しい。登録方法はこのページの左の真ん中ぐらいに簡単なんがあるので、キングスつながりってことで、協力してください。登録しても何も悪いこと起こらないし、ジュン安永のブログ更新、タイムリーに見れるし、ずっと前にコメントいただいたように、キングスのブログ王子にならせてください。
Go Kings!
2008年06月08日
ダイビングしてきましたっ。
初めてダイビングをした。実は、インディアナ大学留学中に体育の授業の選択にスキューバ・ダイビングという授業がありライセンスもとれるとのことで受講した。講義でプールの中までは入ったけど、さすがに英語がわからず身の危険を感じた。当時、留学2年目で英語がちんぷんかんぷんで2回目の講義でギブアップ。で、そのかわりに得意の小型ヨット(1,2名乗り)の授業に変更。湖で1人乗りのボートをスイスイと乗り体育実技の単位をとった。
ダイビング好きのタイゾー(キングス)誘いで、島ナイチャー見習生のケンシン君と3人でダイビングでかけた。那覇から船で約一時間のところで、ダイビングの先生に言われるがまま海に入った。沖縄に来て11ヶ月、これがなんと2度目の海。いつも身近にきれいな海があるからガツガツと海にはいらなかった。ニュージャージーや京都市内という、きれいな海と縁がなく暮らしていたころだったら、沖縄みたいなきれいな海みていたら間違いなく朝から日没まで海にいただろうけどね。でもいまはいつでもきれいな海にいけるこの余裕がサイコー!
で、ダイビングの先生にいわれるがまま、ケンシン君と手をつなぎ海の中をフワリフワリとたのしんだ。ファインディング・ニモのニモちゃんにも逢えてとっても楽しい時間をすごした。次回は、体験ダイビングではなく、自分で自由に海の中であそびたいね。
We Love Kings! We Love Okinawa!!
2008年06月06日
祝!北京五輪代表!!

県出身者で、北京五輪代表決定1号です!
(琉球新報)↓
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-132733-storytopic-2.html
(沖縄タイムス)↓
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200806031300_01.html
(画像:3月22日の高松ファイブアローズとキングスの試合の応援に来ていただいた時の写真)
高校の時、バスケット部に所属していた大城選手ですが、重量挙げで夏のオリンピック出場。テレビを通してですが、いまからオリンピックで応援するのが楽しみです。
We Love Kings! We Love Okinawa!
2008年06月05日
このダンクまじやばい!

先日、沖縄コンベンションセンターで行われたキングスバスケフェスタで、われらがブライアン・シンプソンが琉球新報の人気マスコットのりゅうちゃんを飛び越えて一気にダンクしてみせた。詳細は下のリンクをみてください。
りゅうちゃん越えダンク! http://www.ryuchan.jp/ryuchandiary/OVERRYUCHANDANK.html
りゅうちゃん日記 http://diary.ryuchan.jp/2008/06/02/4750.html
このダンクまじやばかった。まちがって、みんなの人気者キャラのマスコットをキングス選手がぶっ飛ばしたら、ブライアン&キングスに大ブーイングの嵐が襲ってきていたこと間違いない。飛んだあとのブライアンの感想は、「りゅうちゃんの頭まじ横幅あってでかかったよ」といってました。
KOBEブライアントが車(アストンマーティン)を飛び越えたのがYOUTUBEででまわり話題になった。
http://jp.youtube.com/watch?v=yURa9T0-Rjk
車を飛び越えるのちょっと間違えば、大怪我だっただろうし、バカなことしたと後悔することになっただろうけど。。。
キングスのブライアンのりゅうちゃん越えは多くのファンに見守られた状態でまじで1回限りで失敗の許されないダンクだったのを堂々と決めた!ブライアンに拍手を送りたい。
4月の福岡での2戦でケビンが怪我、エリックがファウルトラブルになって孤軍奮闘して1シーズンを経験して成長の跡がみられたブライアン。このオフの間にさらに技術を身に着け、来期にまたNBA級のダンクを見せて欲しい。
Go Kings!
2008年06月02日
ドクターJ
ジュン安永写真館シリーズの始まりです。前回は、ボストンセルティックスのブライアン・スカラブリニ選手の結婚式でマウイに行った写真でした。
本日はDr.Jの登場です。ちなみに昨日は、琉球のドクターJのお誕生日でした。
http://www.nba.com/history/players/erving_summary.html
琉球のドクターJには、11ヶ月前に沖縄に友達1人しかいない、知り合いはゼロの時からとても可愛がっていただいています。琉球のドクターJがいるからキングスがあるのです。琉球のドクターJの話はこのへんにしとかないと、琉球のドクターJから名誉毀損で訴えられたら戦いになるのでやめましょう。
では、本物のDr. Jことジュリアス・アービングの話を書きます。Dr. Jはもともとネッツの選手でした。ネッツがABAに在籍してニューヨーク・ネッツと名乗っていたとき、ABAの強豪チームのネッツの大黒柱が
Dr. Jでした。 しかし、ネッツは破産間近のABAを脱会して、あらたにNBAに加盟するためにNBAへの加盟料を支払わねばならず、財力に乏しかったネッツはDr. Jをフィラデルフィア76ersへトレード放出し、その見返りに多額の現金を得て、NBAへの加盟料をつくりNBAに加わったのです。当時のネッツオーナーはエースを売り飛ばしたと批難をうけましたが、これはプロスポーツチームを経営するために仕方ない選択であり、経営事情をしらないファンが文句を言い続けたのです。
ジュン安永在任中にネッツのNBAへの加盟30年記念をイベントにしました。ネッツの歴代のスター選手を集め、30周年記念シーズンや先輩をコート上で表彰する式典などなどとても楽しいことがありました。キングスも10周年
記念、30周年記念など続け、永遠に残るチームに成長していってほしです。30年後、うちなんちゅのみんなからキングス30周年記念イベントにもし招待してもらえたら、仕事としてジュン安永は目標達成です。口先では、勝つとか、優勝とか、優勝パレードは58号線を端から端まで、でも東海岸もやらなくち
ゃとか、いや石垣、宮古をはじめとする数々の島でも優勝祝賀会をしたいといっていますが、本当の目標は、琉球で永久に頑張り続ける、愛され続けるチームが出来たら100%満足。
あっ、また話が脱線してしもた。そう、それで1996年にネッツを連れて東京ドームで行われたNBAジャパンゲームにDr. Jもスペシャルゲストできていた。1週間、東京・白金台のホテルで生活を共にしていたある夜、Dr. Jが「JunなのかJuniなのか?」とジュン安永の本名を尋ねてきた。そこに同席していた、NCAAの重鎮で解説者のビル・ラフトリーが、「Juniだよ」と答えた。生まれた時に授かった名前は淳一。ローマ字で書くとJUNICHIとなる。アメリカ人がこのローマ字を英語読みすると、ジュニチになる。まちがってもジュンイチとは読んでもらえない。「オイ昔の人!だれだよこんな英語もどきのローマ字を日本ではやらせたんは!」と文句がいいたいぐらい、自分の名前をしっかりとアメリカ人は呼んでくれなかった。だから、大学時代はJun(ジュン)と呼んでもらっていたが、ジュン安永のグリーンカードを見たビル・ラフトリーは、「ジュニでしょ?」と思い込み、それから「ジュニ」と呼ぶようになった。Dr. Jは、少年時代は「ジュニ」と呼ばれていたと教えてくれて、「ジュニつながりだからジュンをDr. Juniにと命名する」とビル先輩に決めていただいた。それ以来、ビルはジュン安永を「ドクタージュニ」と呼ぶようになり、ビル先輩はNBA試合TV解説のときがネッツの試合だと「ネッツはドクタージュニに支えらられてる」とかTVで話まくってくれたこともあった。だからビル先輩がTVの仕事で試合解説するゲームだと頻繁にドクタージュニは全米のお茶の間に映し出していただいた。そんなこんなでDr. Jとも仲良くなり、ジュン安永の親友の家族の子供がお誕生日のときに無理をおねがいしてお誕生日会のゲストにDr. Jを招いたときの写真が本日の画像。ふーっ、説明がながくなったね。
なにが言いたかったかというと、先輩は大切にしないといけない。でも後輩はもっと大切に。そして同い年とは仲良く。キングスのファンも仲間同士もっともっと仲良しになってもらえたら、最高!
We Love Kings!





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