琉球ゴールデンキングス - ジュン 安永

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2008年05月31日

この男に幸運を!







この写真の後ろに立っているのはだれでしょう?前の左から2番目もだれかわからないかもだけど、このうしろの背が高い人は、もちろんバスケットボール選手。写真は、その彼がマウイで結婚式をした時に撮ったもの。この選手の名前がスラッと言える人はNBAにはまっている人に認定します。

答えは出番は限られてしまっているが、ボストン・セルティックスの44番ブライアン・スカラブリニ。USC出身でネッツにドラフト2順目で入団。206CMのパワーフォワードで、売り物は、真剣さ。練習も真剣。友達付き合いも真剣。3ポイントシュートも真剣。ディフェンスも真剣。その真剣さが買われ、ネッツでも重要なベンチ選手だった。試合の出番がないブライアンだけど、ひたむきに練習する姿をみて他の選手は何度も奮起させたれたとおもう。試合にでなくてもチームの為になる選手だった。その後、FAになったブライアンは、決して卓越した技術を持つ選手ではないが、真剣さが評価され、セルティックスと3年6億円契約を交わした(超お金もちになりました)。とにかく、コーチ、チームメイト、スタッフ、ファンのみんなに気遣いができ、ネッツが団結できた影の立役者でみんなの人気者ブライアン。

この写真の中央の美人がブライアンの奥様クリスティー。右端は当時NBAの選手教育プログラムの担当者でお友達のリンジー、左端はUMASS出身でジョン・カリパリHCのパシリ(マネージャー)をした後ジュン安永が渋々ネッツに雇ったイアン。3年前イアンはネッツを離れNBA選手の代理人として、Primoz Brezec、Samuel Dalembert、Nenad Krstic、Darko Milicic、Aleksandar Pavlovic、Beno UdrihらNBA選手を抱えるようになった。そしてその隣は髪があるバージョンのジュン安永。この時マウイで1週間過ごし、「いつかは南の島で暮らしたい」と冬は厳しい寒さのニュージャージーで暮らしながら切実におもっていたのが、今こうして沖縄の生活が現実になっている。人生ってなにが起こるかわからないし、なんとかなると思えば必ず何とかなる。人生って素敵だとおもう。

話がまた脱線したけど、ブライアンのいるセルティックスがデトロイト・ピストンズを倒し東カンファレンスを優勝した!ブライアンはネッツ時代2度のカンファレンス優勝を経験しているが、いづれのときもレイカースとスパーズに破れ、優勝指輪を手にすることができなかった。3度目の正直や!ブライアンがんばれ!西の王者レイカーズ相手にあと4勝すれば頂点を極めることができる。試合にほとんど出ないけど、練習、ベンチ、ロッカールームでチームに貢献するブライアンが優勝できることを祈っている。セルティックスが優勝となると、キングスの木村GMも大喜びのはず。GMは、マサチューセッツの大学院に留学していた若かりし頃にお小遣いをためてセルティックスのシーズンチケットホルダーになっていたという裏話もある。ANYWAY、NBA FINALSはボストン・セルティックスを応援するよ!

でもさ、まさかセルティックスを応援するとはネッツにいたときはこれっぽっちも考えていなかった。ニュージャージーの敵は、ニューヨーク・ニックス、フィラデルフィア・76ERS、そしてボストン・セルティックス。この3チームと試合するときは、必ず何かが起こる。ボストンでは試合を応援にきたネッツの奥様達が観客席スタンドでボストンのファンにやじられまくり、警備面で大問題になった。近隣都市のチームと戦うとまじで、ホームとアウェーのファンが加熱して、アウェーのファンは敵地ではしゃぎすぎると危険な空気に包まれることもあり警備は大忙しになる。チーム警備の責任者もしていたジュン安永、なんどもスタンドでの殴り合いの仲裁にはいり、パンチをくらったりスーツを破かれたり、日本にはない色んな経験させてもらった。だから、近隣のボストン、フィラデルフィア、ニューヨークは大嫌いなチームだったんだけど、それがいまでは「応援する」という風に変わるんだから、「昨日の敵は今日の友」。 あらためて人生っておもしろい。

We Love Kings!







  

Posted by ジュン 安永 at 20:59Comments(1)TrackBack(0)

2008年05月27日

月刊HOOP発売!





NBA月刊誌HOOPがでましたっ!今月の表紙は、プレイオフで勢いの止まらないコービ・ブライアント。表紙はボストンの3銃士にしてほしかったな。たしかにコービは凄いけど、ジュン安永は個人的には嫌い。なんでかというと、ネッツがドラフト7位指名権を持っていたときに高校を卒業したばかりのコービをNJに招いてワークアウトしたんだけど、コービはでーじ凄かった。ネッツのGMがコービを指名すると思っていたら、本人の意思でNJには行きたくないとのことで、ドラフトではケリー・キトルズに指名を変更。おかげでケリーとは個人的に仲良くなった。趣味がゴルフと釣りなので、いつかは沖縄に遊びにきてもらいたい。ケリーのお父さんはフィッシャーマンでいつもブラックバス釣りの話をしてたっけ。うわさで聞いたけど、沖縄でもバス釣りができるらしく、今後チャレンジしていみたい。

あっ、昨日OTVの「まーさん堂」みましたか?ケンヤ、しーげ、ブライアンの3人は妙に落ち着いていて番組に溶け込んでいた。で、番組中に選手が選んだ昨シーズンのハイライト映像は鳥肌もんでしたね。通訳・ジュン安永も美味しい里芋料理を頂戴し大満足の仕事でした。またお料理番組に誘ってもらいたいです!

忘れるとこだった。今月のHOOPの108ページから3ページにわたり母校インディアナ大学のライバルであるパデュー大学を卒業した飯野貴弘氏のスタッツに関する記事が出ている。この飯野氏、ほかの日本人では真似ができない経歴と焦点を持っている。いつかは日本のバスケットボール界も彼のような人材の重要さが理解できようにならないといけない。そのためにも今キングスががんばらないといけない。




Go Kings!










  

Posted by ジュン 安永 at 18:43Comments(7)TrackBack(0)

2008年05月25日

昭和53年豊見城高校対辺士名高校





今夜は、新たにスタートしたうるま市バスケットボール協会のみなさんが立ち上げをお祝いされているところにお邪魔してきた。場所はうるま市のバスケットボールのメッカ、居酒屋「田舎」。バスケットボールに熱い情熱を注がれている人ばかりの集まりでいつもだけど玄人好みの話のネタが多い。お店自慢の大型TVには、スパーズ対レイカーズが映し出されていたが、途中からDVDに切り替わり、みんなでみたのは昭和53年豊見城高校対辺士名高校の試合。30年前の映像をみんなで見ていたんだけど、そら30年前なので、3ポイントラインはなく、選手のパンツはタイト&ショートのセクシー型。審判はグレーのパンツをはいていた。3点シュートがないのに辺士名が120点を取る驚きの試合をした。

今週末から高校の大会が始まる。少年少女たちの真剣な戦いを見るのをとっても楽しみ。その前に、明日はbjリーグのドラフトがある。そしてそろそろ来期スケジュールの発表も近づいている。シーズン席の予約受付も始まる。10月開幕に向けて、しっかりと前に向いて動き始めている。


Go Kings!


(写真:居酒屋「田舎」で昭和53年の高校生の試合をみせてもらった)
  

Posted by ジュン 安永 at 23:37Comments(3)TrackBack(0)

2008年05月25日

I will be there with you.






世界中の8,000万人のキングスダンサーズのファンの男性のみなさま
、すみません。
昨夜は「キングスダンサーズお疲れさん会」ということでジュン安永も会に参加させていただきました。私服姿もとってもCUTEな彼女達は、キングスの天使です。キングスにとってダンサーは絶対に欠かせない存在です。連敗のときも、惜敗のときも、彼女達の笑顔に励まされてきました。他のチームにくらべて少数、7名のダンスチームでしたが最高のダンスチームだったと思います。ちなみに、ジュン安永はダンスチームを見る目は自信があります。

ニュージャージーネッツのときは、選手の中に日本人は入ってこない、でもニューヨーク・ニュージャージーの日本人市場で営業を伸ばすために日本人ダンサーを獲得しようと動きました。当時のダンスチームディレクターは、日本に来てTV歌番組の振り付けやダンスを教えたりや実際にダンスしたり大活躍していた人で、飛び切りの美人でした(今もおきれいです)。そのディレクターが、ネッツのダンスチームをベネトンみたいにしたいと言い出しました。いまは知らないけど、当時お洋服のベネトンの宣伝には、白人黒人アジア人などなどいろんな人種がでていて、ネッツのダンスチームも人種的にもカラフルにしたいと考えていました。

10年以上前の話ですが、ジュン安永は昼間のチケット営業が終わるとマンハッタンのブロードウェーにある有名なダンススクールに日本人ダンサーをスカウトするために通いました。その結果といっては大げさに聞こえてしまうのですが、日本人女性ダンサーの努力の賜物で、ネッツのダンスチームに日本人ダンサーが誕生しました。それから2年後も2名の日本人ダンサーを発掘しました。ジュン安永は、ダンスチームのオーディション審査員も務め、こんな楽しい仕事はないと思う日々を過ごしてきました。ダンスチームディレクターと親友なんで、彼女の教え子であるダンサーたちとも仲良くなり、試合会場では大きな声で「Hi June!」とダンサーのみんなから声をかけてもらい、周囲の男性たちからうらやましい視線を浴び続けてきました。そして元ネッツのダンサーたちは、さらにステップアップした人が多く、ミュージカルや大きなショウなど大舞台で活躍するダンサーが続々現れ、エンターテイメント界でもすこしはコネクションが出来ました。

話をキングスダンサーズにもどしますが、「キングスダンサーズお疲れさん会」でお隣に座ったダンサーのMさん・Hさんと面白い会話をしました。

ダンサーMさん(以下M): 「ジュンさん、マーフィーの法則しっていますか?」
ジュン安永(以下JY): 「知ってるよ」
M: 「どんなマーフィーの法則知っていますか?」
JY: 「えっ?それって、目標に対してやると決めないと目標には到達しない、とかじゃないの?」
ダンサーHさん: 「Mちゃん、凄いですよ。Mちゃんの車にのったらマーフィーの法則のテープがかかっているんですよ!」
JY: 「えっ?*@”#$%&’!」
M: 「キングスはもっと勝とういう気持ちが強くないといけません。相手の勝とうという気持ちの方がキングスの勝とうという気持ちよりも強いんです」
JY: 「そうだよねぇー。Mさん、来季はチームミーティングでモチベーションを高めるスピーチをしにきてください」
M: 「あのー、ジュンさんは結婚願望とかないんですか?」
JY: 「真剣に結婚したいとおもっているよ」
M: 「私、手相で結婚運がみれるんですよ」
JY: 両手を差し出し 「みてみてみて」
M: 「右手をみせてください」
M: 「うーーーーん。。。」
JY: 「なになになに?」
M: 「つぎにお付き合いする人と結婚しますね」
  JYは冷静なフリをしながら心の中で喜ぶ。
M: 「でもその人と結婚しないと一生結婚できないですねー」
JY: 「まじでー?」
M: 「私の手相はあたりますよ!」
  JYは島酒のほろ酔い気分がイッキに醒めた。

あーーーー!次の人が勝負かぁ。(キングスも来期が勝負だし!)
沖縄に到着して約10ヶ月、仕事面では充実しすぎなぐらい楽しんでいる。
ぼちぼちプライベートも充実させないとあかんね。

最近、飛行機の機内で聞いた 「I will be there with you」という曲みたいに
落ち着きのある美しいプライベートがいつか訪れますように祈りながら、
今日もがんばります!

「I will be there with you」ってとっても良いタイトルだよね。



Go Kings!




  

Posted by ジュン 安永 at 01:56Comments(3)TrackBack(0)

2008年05月24日

おじゃましますっ





水曜日は、名護市久辺中学校で講演をしてきました。講演の前にいただいたやんばるのパイナップル、そして講演のあとに頂戴したサータアンダギとヒラヤーチはとってもおいしかった。そしてバスケットボールとのかかわりの深い教頭先生と沖縄の太陽のような先生との雑談、とても楽しかった。講演はというと、久辺中のみなさんはキラキラとした素晴しい目でしっかりと話をきいてくれた。フリースローコンテストでは芸人並みのキャラをもった少年やかわいい女子バスケットボール部員さんたち相手にキングス(金城&友利)は3勝2敗の接戦を強いられた。最後は生徒代表に素晴しいスピーチをいただき、選手たちも来期に向けてさらにモチベーションあがりました。久辺中のみなさんありがとう。これからもキングスをよろしく!!!






久辺中学を訪れたあとは、去る2月、名護市21世紀の森体育館で行われた試合に応援にきてくれた、名護市の児童養護施設「なごみ」のみなさんに会い行ってきました。夕食前の自由時間にバスケットボールとしたり、鬼ごっこをしたり、サッカーをしたり楽しんだ(子供たちは)。で、ジュン安永はというと、子供たちの格好の標的となってしまい、鬼ごっこは常に鬼。しかも超かわいい小学生になる前の子供たちにダッコをせがまれ、子供をダッコしながら革靴はいて走り回り、全身のエネルギーを使い果たした。くたくたになって走る気力を失ったジュン安永を子供たちは「ハゲ鬼」と呼び、ムキになって走った結果、筋肉痛になった。夕方6時半からは元気な子供たちと一緒に夕食をご馳走になった。食事の準備・片付け、ちゃんとみんな自分の役割をつとめ、子供たちのテキパキとした姿を見て、「ジュン安永ももっとテキパキ動かないとアカン」とおもわされました。いつものことだけど、楽しい時間というのはあっという間に過ぎ、「ジュンさん、またきてね。しーげ、またきてね。ケンヤ、またきてね。」と子供たちから優しい声をかけてもらい、帰路についた。帰りの車の中でシーゲもケンヤもとっても充実した顔をしていた。明らかに子供たちから元気をもらった!ありがとう!!



GO KINGS!  

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2008年05月21日

しーげ せんせい





今週は、 ジュン安永にとって最高の週。なぜかというと子供たちと直接触れ合う機会が多くあるから。まず昨日は、しーげ(金城選手)とケンヤ( 友利選手)にお願いして、浦添市にある「あおい保育園」で1日保育士さんになってもらった。いつもなら、キングスの選手が子供達に、バスケットボールを教えるのであるが、今回は「あおい保育園」で選手がバスケットボールをさわらず、バスケットボールの話題も作らず、普段の保育園のカリキュラムに従い、保育士さんの補助的な役割で交流させてもらった。これはバスケットボール競技者や関係者だけのキングスではなく、垣根のない幅広いファンを持つキングスを目指すこと、そしてバスケットボールを幅広い人に興味を持ってもらうこと、そして逆にいつかはお父さんになる若い選手達にこども、育児、保育、教育などに高い意識を持ってもらいたいという希望が含まれている。保育園には、もちろん子供達がいるが、毎日明るい笑顔で子供達の世話をしてくれる保育士さんたち、そしてさらに給食を調理してくださるスタッフや施設の運営管理などのスタッフなど、様々な人たちが働いてる。そんな人達にもキングスを身近に感じてもらい、キングスを見てもらい、キングスを応援してもらいたいという願いがある。

交流会では、しーげとケンヤ、共に子供達から大人気。しーげ先生はとてもナチュラルに子供達に溶け込み、彼の内に秘められた優しさを感じさせられた。ケンヤ先生は、とても上手に紙芝居を子供達に聞かせてくれた。キングスの先生たちは、子供達と仲良く粘土、絵本、紙芝居、うた、踊り、ゲームで遊び、 そして食事、お食事の準備とお片付けまでしてくれた。昨日会った4歳と5歳の子供達は「しーげ」と「けんや」という名前のお兄さんを忘れないだろう。そして「しーげ」と「けんや」も保育園で楽しい時間を過ごしたこと、一生忘れないだろうと思う。

あおい保育園のみなさん、素敵な1日をありがとうございました。

さて、本日は午後から名護市の久辺中学校で、ジュン安永が選挙演説に負けない熱さで話をしてきます。そのあとは金城選手と友利選手が同中学女子バスケットボール部員にを相手にのバスケットボールクリニックを行います。で、中学の次は、児童養護施設「なごみ」にお邪魔して、一緒に夕食をご馳走になってきます。昨日に続き、たのしい1日なること間違いないです。



We Love Kings!  

Posted by ジュン 安永 at 01:33Comments(3)TrackBack(0)

2008年05月19日

ドキッ!





先週の週末は、1週間遅れたけど母の日に母上に会いたいという気持ちもあり、アメリカから移住して初めて京都にある親の家にいってきた。なんか変な日本語だとおもうでしょ。「里帰り」と一言書けば説明できるはずなんだけど、ジュン安永の気持ちの中では京都には申し訳ないけど、沖縄が自分の心の里なんで「里帰り」という言葉を使うのに抵抗があった。亡命なのか、移住なのか、よくわからないけど、沖縄県民に混ぜてもらったからには、なにがなんでも沖縄!

この画像の説明だけど、自称航空マニアのジュン安永にとっては、大好きな旅客機が離着陸するのが目前に見える最高のロケーションにキングス球団事務所がある。今日の夕方、仕事中にふと外をみると、ドキッ!とする夕日が赤々と輝いていた。台風が通ったあとだからか、それとも夏の到来を知らせてくれたのかわからないけど、アフリカで見る夕日みたいな感じの「なんでこんな色?」といいたくなるような夕日だった。

ドキッ!とするのって楽しいよね。福岡で行われた最終戦でブライアン・シンプソンが見せてくれたアリウープダンク、見た瞬間にドキッ!となった。NBAでも超凄いプレーをみてドキッとさせられることあったけど、沖縄のブライアンもやってくれる。そんな、自分の目を疑いたくなるような、非現実的・非日常的なことがたまにあると本当に楽しい。そんな意味でも、琉球キングスが頑張って琉球で非日常の空間と瞬間を作り出せば本当に楽しくなると信じている。

あすは、シーゲーとケンヤが浦添市内にある「あおい保育園」にお邪魔して保育園のみなさんと交流会をしてきます。保育士さんのお手伝いをするキングス選手たち、さあいったいどうなるのか楽しみです。

で、あさっては名護市久辺中学校からお招きいただき、ジュン安永の講演とキングス選手によるクリニックをしてきます。さらに、2月のキングスの名護での試合にキングスの応援に来てくださった子供たちが生活している児童養護施設「なごみ」にお邪魔して夕食をご馳走になってきます。たのしみ・たのしみ

Go Kings!






(写真:ジュン安永・夕日の下の建物は那覇空港ターミナルビルで手前の森は自衛隊の敷地)  

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2008年05月16日

ジュン安永 メイク中!



最近、少しずつではあるが着実にうちなーぐちが身に付き始めているような気がする。アメリカ留学して英語を勉強し始めたとき、「英語で夢が見れるようになれば英語が身についている証拠」とか、「英語で言い合いのケンカができるようになったら英語が身についてる証拠」といわれて、毎晩寝る前に「英語で夢がみれますように」と願いながら寝たことあった。でも、そーいえば、まだうちなーぐちが夢にでたことがない=まだまだ言葉が身についていなっていうことか。島ないちゃーへの道のりは遠いので、しばらくは帰国子女のステータスをキープします。

また変な写真をアップしてしまった。自分で言うのもなんだけど日焼けしたら頭が光る光る。日焼けはもちろん自転車通勤のおかげ。エコだからという建前で自転車乗っているけど、本当は「○年太り」になりそうだから毎日50分自転車に乗ってます。今朝はきつねの嫁入り(沖縄でもこういうのかな)の中、びしょ濡れになりながら出社。濡れたまま営業会議に参加してまった。

この写真は、先日OTVの人気番組「道筆博のまーさん堂」にキングス選手が出演した際に通訳として同行。一応カメラに映るからということでメイクをしていただきました。で、番組収録がはじまると、あらまあ出演の皆さん本当に面白い人ばかりで超楽しい。通訳=自主的発言権がないので、我慢してだまってましたが、笑いまくりたかった。その面白い人たちの中でもたーにーさんには超笑わせてもらいました。気が利くお笑いを提供できる素晴しい芸人さんです。1日で たーにーさんのファンになりました。たーにー最高!この番組見てない人はいないとおもうけど、「道筆博のまーさん堂」ちゃんとみてください。

http://www.otv.co.jp/masando/staff/index.html

収録後は ジュン安永も道筆シェフのお料理を頂き大喜びでした。キングスで働いてて良かった。

I Love Kings!






(写真撮影:聖子M.さん)
  

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2008年05月13日

またやってしもた(反省)







本日、琉球大学で講演を行ってきました。夜7時15分から琉大の大きな学食でがっつりと夕食を食べ、7時40分から90分間のお約束でスポーツ経営学というテーマで話をするはずが、予定の90分を60分も遠慮なく延長してしまいました。知念教授、無断延長すみません(反省しています)。そしてアクビ一つせずジュン安永に2時間半も休みなしでお付き合いくださった学生のみなさま、ありがとうございます。とっても感謝しています。

学生の皆さんからの鋭い意見や感想、とても勉強になりました。沖縄という場所を舞台の中心にした意見交換、キングスの経営の為にも勉強になりました。「ヤスナガさんを応援しますからがんばってください!」という励ましの言葉に、アメリカでのサバイバルでも生き残った厚かましいジュン安永もさすがにわがままなことを言えず、「私は車にひかれたらいなくなりますが、キングスは沖縄に永遠に続くチームになりますから、キングスを応援してください」と謙虚に本心を伝えさせてもらった。学生のみんなさんに、「がんばれ!」と伝えに言ったつもりが逆に励まされた感がとても強かった講演だった。すばらしい出会いがあった夜だったとおもう。人との出会いというのは、本当に大事だと思う。今夜の講演を聞いてくださった学生の中にはまた何らかの形でつながりが出来る人もいるだろう。これが縁なんだけど、本当に縁を大切にしたい。

縁といえば、沖縄に来てまだ10ヶ月なのに本当に多くの人と出会い、いろんな縁が芽生えてきている。昨日も、ほぼ毎試合キングスを応援に来てくださっている方から応援メールをいただいた。ご本人様から了解が得られたんで紹介します!




いつもベンチ裏で騒いでいるうるさいおじちゃんです。
bjリーグ参入のファーストシーズン、お疲れさまでした。
ドラフトを控えて、既に来シーズンに向けて多忙な日々をお過ごしかと存じますが、ひとつの区切りとして、今シーズン本当にお疲れさまでした。

思い起こせば、開幕戦後のレセプションからシーズンエンドパーティーまで、さまざまなイベントに出席させて頂きました。また、ホームゲーム20戦・アウェイゲーム4戦を生観戦させて頂きましたが、その間スタッフの皆様にとても親切にして頂きまして、誠にありがとうございました。

私生活においても、中城の和風亭で飯くってたら健哉とバッタリ。アウェイ新潟の吉野家で牛丼くってたらデイとバッタリ。ネットで健作さんの東京時代のご友人にバッタリ。小橋川杯の本部町民体育館でジュンさんを見かけたりと、公私ともに『キングス漬け』な半年間でした。シーズンオフの今は、ヤクの切れた中毒患者のようにうつろな日々を過ごしています。

来シーズンは後輩チームも参入し、結果を求められるシビアな戦いが続くかと存じますが、結果にとらわれすぎることなくキングスらしいバスケットを追及していって下さい。

それでは、これからも頑張って下さい。
失礼致します。




いつもベンチ裏で騒いでいるうるさいおじちゃん様、ありがとうございます!10月にはまた「キングス漬け」が始まりますよ。近日中に試合予定日をキングス公式サイトで発表になります。

Go Kings!


(画像の説明:母上、一昨日は母の日でしたがお花も贈れず電話だけですみませんでした。またまた反省。)
  

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2008年05月11日

サーマン(アーチスト)





この写真は、キングスのクリエイティブを担当しているサーマンが撮ったもの。こんな写真見せられたら、誰だって沖縄に来てバスケットボールしたくなるよね。とてもよく撮れている写真にサーマンの腕を感じる。そこでおねがいなんだけど、「サーマンさぁ、キングスカテゴリーのページで伊佐勉コーチの横にでているジュン安永の写真ももーちょっとカッコイイのにしてちょうだい!」 アノ写真のジュン安永はなんか海坊主みたいでNO GOODです。カッコイイ選手やカッコイイコーチの中でただヒトリ海坊主みなたいジュン安永の写真をサーマンの腕でカッコイイ写真にしてください!!!

一昨日の土曜日は、このたび発足した「沖縄県学生バスケットボール連盟」の大会をみるために沖国大にいってきました。ミニ・中・高・プロにつづき大学レベルも選手が沖縄で活躍する機会が増えて、益々沖縄のバスケットボールが盛り上がることとても嬉しくおもいます。

NBAプレイオフも盛り上がってきた。そんな中で注目してるのは、ニューオリンズ ホーネッツとクリス・ポール!NHKの特番でもイチオシで紹介したけど、ポイントガードのクリス・ポールまじやばい!1回戦では大物選手揃いのダラス マーベリックスを寄せつけず、2回戦でも強豪サンアントニオ スパーズにいきなり2連勝!スパーズ相手の3試合は、

1試合目 17得点 13アシスト! 2ターンオーバー!!
2試合目 30得点!! 12アシスト! 1ターンオーバー!!
3試合目 35得点!! 9アシスト! 1ターンオーバー!!

数字だけ見ていてもありえない素晴しいものだけど、試合での彼の仕草や言葉、いよいよジェイソン・キッドに継ぐ、いやキッドを超えるポイントガードがでてきたと感じさせられる。というわけで、今年のNBAプレイオフはホーネッツを応援してます。しかもヘッドコーチはネッツをFINALSに導いたバイロン・スコットだし。バイロンの慌てない落ち着いた態度、度胸と根性、いままで見たNBAコーチの中でも間違いなくトップクラス。ここでスパーズを倒せば、おそらくレイカーズと当たる筈。ホーネッツの戦いを生でみたいっす。

バスケットボール楽しすぎます。

We Love Kings!  
  

Posted by ジュン 安永 at 21:17Comments(2)TrackBack(0)

2008年05月05日

bjリーグ FINALS






土日は、東京有明コロシアムでbjリーグのプレイオフを見てきた。まず感想だけど、勉強になること多かった。

ニュージャージー・ネッツでバリバリと働いていた2002年に、あれよあれよと勝ち続け、NBA FINALに駒を進めた。決勝ラウンドの結果はシャックとコービのレイカーズに4連敗だったけど、それは試合をしている選手とコーチのことで、実際に球団フロントはFINALの経験がなかったことが、ありとあらゆるところで露呈され、余計なことに時間を費やしたり、気付かないことも多く、無駄な経費を使う羽目になったり反省が多かった。いや、それ以上に最も大事な選手達を取り囲む環境を整えてあげることができなかったのが、決勝シリーズの敗因だったのかもしれない。

翌年、2003年にも再びNBA FINALにネッツはいったんだけど、前年の経験が役に立ち、まじでNBA優勝すると自信を持っていた。フロントと選手は、準備周到だったから自信があったんだけど、惜しくもサンアントニオ・スパーズに勝ち越せなかった。勝負の世界が厳しいことあらためて学んだ。

で、もしこのまま琉球キングスがFINALSに来年行くことができたら、プレイオフの経験不足で大試合に向けての準備不足という失敗をしたくない。だから色々と気になること、勉強してきた。何を学んだかは、いろんなチームの人たちもこのブログ見てくれているので、ナイショあかんべー

いつの日か、プレイオフは出場チームの本拠地で開催することもありえるし、この沖縄で決勝戦を開催するなんて想像し始めたら、もう楽しくて楽しくて、、、なので、お風呂で長湯するときのネタとしてちょこちょこ考えよっと。ちなみにジュン安永のおうちにはトイレにも風呂場にもメモとペンがあり、なにか思いつくと必ず書きとめている。机に向かって考えるよりも、プレッシャーのないお風呂やトイレでボーッと考える方がよりクリエイティブなモノを考えられることがおおいので、だからよくお風呂に入り、トイレにも行きますよ。

有明コロシアムという会場は色々と良い点が多かった。9千人という観衆を集めたこともあり、プロバスケットボールがさらに発展するという光を見たと思う。その中で、一際輝いていたのが、仙台89ERSのファンたち。指定席を早々と買い込み、みんなで揃って黄色のシャツに黄色のタオルを持ち、一生懸命楽しそうに応援していた。

揃いのTシャツがすごい、応援の声が大きいとかいうより、なによりも、みんな楽しそうに、応援していた姿がとても印象的だった。勝ち負けは別にして、大阪・東京・福岡のファンの中で最も楽しそうに観戦しているように見えたのが仙台のファンだった。楽しそう、というのがとても大事だとおもう。bjリーグのプレイオフが仙台で開催されていたら、凄いことになっていたとおもう。

でもでも、連敗を繰り返したキングスの1年目を最後まで熱く応援し続けてくださったファンは、もっと凄いと思う。

仕切り直しの2年目、沖縄の熱いファン・選手・フロントが一丸のトライアングルができて勝率も上がれば、、、と想像するととてつもなく大きな可能性を秘めたキングスというチームに関わることができる幸せを感じています。

We Love Kings!

  

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2008年05月02日

大好きなチーム




(仰木の舞 1989年10月14日 藤井寺球場)
(画像の右の方にいる青と赤のメガフォンを右手に持っているのはジュン安永


前回のブログで、ゴールデンの駄洒落で、「好きなチームは、楽天ゴールデンイーグルス」と書いたら、20年前に近鉄バッファローズを一緒に応援した友達から、好きなチームは近鉄だろう(怒)!とメールが飛んできた。

その通りで、大好きなチームは近鉄バファローズだった。京都に生まれ、幼いころは阪神タイガースのファンに囲まれながら、「好きなチームは?」とビアガーデンにいたおっさんに聞かれて、みんなが好きなものがあまり好きでなかった私は、「タイガース!」といえず、その場でとっさに近鉄と言ってしまった。

なぜ近鉄が好きと言ったかというと、小学生の私は鉄道マニアで趣味は京都駅で鉄道を眺めること。国鉄が大好きだったが、当時珍しかった二階建て特急列車が走っていた私鉄の近鉄も大好きだった。近鉄電車が好きという理由で近鉄バファローズを気にするようになった。そうしたら、赤鬼チャーリー・マニエルがポンポンとホームランを打ちパリーグ優勝をした。でもその頃は鉄道の方がプロ野球よりも大事だった。思春期にようやく趣味が、鉄道からスポーツに変わり、その後阪神タイガースがバース・岡田・掛布・真弓・長崎らの大活躍で初優勝したときも周囲の流れに従い、繁華街で大暴れしたが、大好きなチームはやっぱり近鉄だった。

そして近鉄を応援しているうちに、どうしても我慢できず、1988年10月19日には、川崎球場に行ってしまった。

川崎ロッテとのダブルヘッダーに2連勝すれば優勝という試合、どうしても生で見たくて京都から夜行バスに乗り駆けつけた。超満員の川崎球場は1試合目を前に入場券売り切れ。球場入口に溢れかえったチケットを買えない近鉄ファンは、入口の鉄の門を力ずくで押し倒し、ジュン安永も大勢のマナーの悪いファンと場内に流れ込んだ。

129試合目
午後3時、第一試合は小野和義投手が先発。ロッテが3対1で優位に試合を運ぶが近鉄は9回に執念で逆転し、最後は阿波野秀幸投手が抑えた。

130試合目:運命の最終戦:ここで勝てば優勝! 
午後6時45分、運命の第二試合が始まる。近鉄が4対3で勝ち越した7回からは、2日前には完投している先発投手の阿波野投手が第一試合に続きリリーフとして再びマウンドへ。ジュン安永この時点で、涙そうそう、声は枯れ果てていた。疲労のピークを超えていたと思われる阿波野投手は、首位打者争いをしていた高沢選手にソロホームランを許してしまう。このまま試合は4対4の延長戦となり、試合時間4時間を超える延長をしないという規定に従い、4時間12分の死闘の末、4対4の時間切れ引き分け。その結果、勝率で西武ライオンズが優勝。くやしくて、くやしくて、今思い出しただけでもくやしさが胸とおなかに充満する。

「高沢さん、どーしてあそこでホームランなの?」
「有藤監督、なんで時間稼ぎして時間切れ試合終了に持ち込もうとしたの?」 
この疑問、いや愚問はネッツで勝負の世界にどっぷりと足をつけるまで理解できなかった。

でもあの伝説に残る10・19ダブルヘッダーを生で見たから、いまこうしてプロスポーツにこだわっているジュン安永がある。この試合を見て以来、ゲームで引き分けが存在することが納得できなったし、このダブルヘッダーは超衝撃だった。あの試合の中継やドキュメンタリー番組をみた人なら近鉄バファローズを気にしていない人でも胸を打たれたはず。ニューススーションの久米宏さんが報道された運命のダブルヘッダーの番組は20年近く経った今でも脳裏から離れない。

あー、長々と書いているけど、本当はもっと詳しく書きたいけど、沖縄のプロバスケのブログで1988年のプロ野球の話をダラダラ書くのは気が引ける、、、でも、書きましょ。なぜなら間違いなくこの1988年10月19日が、ジュン安永のプロスポーツ経営への起点だったから。

で、翌年1989年は、近鉄バファローズは快調に優勝争いを演じた。ジュン安永はというと、10・19の悔しさ胸いっぱいで、その悔しさが消えず、逆に悔しさに後押しされて京都から遠い藤井寺球場にまで1シーズンほとんどの試合に足を運んだ。その中で白い日産シーマに乗った一人の忘れられない選手がいる。ジュン安永と同じ名前の選手、沖縄尚学出身の「守備の達人」真喜志康永選手。阿波野投手と同じ年にドラフトで近鉄入りした真喜志ヤスナガ選手、ヤスナガつながりで他人とは思えず、真喜志選手が試合にスタメン登場するとその日は一日中ハッピーだった。

1989年のペナントレースは、西武、オリックス、近鉄の三つ巴で最終戦まで優勝の行方がわからない大混戦。その混戦の中、10月12日は、西武球場でラルフ・ブライアント選手が4打席連続ホームランをかっ飛ばす。TVの前で釘付けだったジュン安永、仲間と共に狂喜の一夜を過ごす。「いてまえ打線」凄い!

1989年10月14日は、本拠地藤井寺球場でダイエー相手にマジック「1」で迎えた129試合目がナイターで行われた。愛用の青と赤のメガホン片手に応援。そして近鉄リードで迎えた9回裏は、マウンドにはやっぱり阿波野投手が立った。「オレがもし女だったら絶対に阿波野と結婚したい」と思うぐらい、阿波野選手が大好きだった。9回裏2アウト2ストライクになった時はジュン安永はホームベース裏にドキドキしながら待機。阿波野投手が投球した瞬間にフェンスをよじ登り、バッターがファウルを打ってねばるとまたフェンスを降りる。球場係員と何度も眼が合うが、気迫に勝るジュン安永、警備員を寄せ付けない。最後に阿波野投手が三振を奪った瞬間には、ジュン安永はフェンスを乗り越えホームベース裏の高いフェンスから真っ逆さまにグランドに転落すると、イッキにマウンドめがけて猛ダッシュ。気がつくと、南大阪の夜空に舞う仰木監督の胴上げに加わっていた


グラウンドへの進入、マナーの悪いことしてすみませんでした。もう2度としません。


仰木監督が率いたミラクルバッファローズ、まじでとことん好きだった。
何が起こるか予測ができない試合をするチーム。
爆発的な得点力があり攻撃型野球をし、
仰木マジックと呼ばれた奇襲采配で劣勢を吹き飛ばし、
勇気ある若手起用でどんどんチームから若手選手が育ち、
個性のある素晴らしいチームだった。
近鉄は多くのドラマを作り出したチーム。
ドラマチック・バファローズ


ミラクルバッファローズのようなドラマチックなチームにKingsもなりそうな予感がする。

Go Kings!

  

Posted by ジュン 安永 at 02:05Comments(8)TrackBack(0)